○池田町の概要
○池田町の現状
○合併のあゆみ
○地勢
○池田の気候
○町章
○町花、町木、特別町木
○池田小唄
○池田町の宣言
○池田町民憲章
○地図で見る池田町
○池田町50年のあゆみ
○歴代町長、助役(副町長)、収入役、議長、副議長
○池田町のキャラクター |
|
| 池田町の概要 |
旧池田町は中古「有明の里」といわれ、矢原、仁科などの庄領を経て、江戸時代に入ってから大政奉還に到るまで松本藩政下池田組に属していました。明治期に入って明治6年に全国大小区制定より池田町村、正科村、堀之内村は第11大区1小区となりましたが、明治8年全国町村分合改称が行われ池田町村と改称。その後、養蚕製糸業の発達に伴い人口が急増したため町制への要望が高まり、大正4年に池田町村から池田町へと町制を施行しました。戦後、昭和28年に町村合併促進法が制定され、昭和30年に池田町と会染村が合併し、昭和32年には広津村、陸郷村の一部、東筑摩郡明科町の一部、中之郷、鵜山地区が編入合併し現在の池田町に至っています。
本町は明治初期より生糸の生産が行われ、大正初期には岡谷、須坂に次ぐ製糸の町として栄え、戦後の合併後は電気、機械を中心とした工業が発展しました。また、本町はあづみ野の一角を担い、県下でも有数の米どころとして、稲作を中心に農業も栄えてきましたが、近年の社会構造の変化により、付加価値の高い「花とハーブ」の生産も盛んに行われるようになりました。
地勢は北安曇郡の南部に位置し、北は大町市、東は生坂村、南は安曇野市、西は高瀬川によって松川村に境し、東西6.2q、南北12.8qで総面積40.18km2。町の西部は安曇野の平坦地域で、本町の主要幹線となっている主要地方道大町明科線が南北に貫通し、ここに大字池田、会染、中鵜地区がひらけ、全人口の大部分が平坦地域に集中しており、西端を高瀬川が流れます。町の東部は山間地帯で、ここは大字広津、陸郷地区の集落が散在しています。また、本町は北アルプスの雄大な山容を一望できる景観に恵まれた地です。
気候は典型的な内陸性気候で、年間を通じて降雨量が少なく、冬は積雪量が少なくて寒冷だが夏は比較的過ごしやすいという特徴をもっています。 |
| このページのトップへ↑ |
|
| 合併のあゆみ |
| 明治8年2月 |
池田町村・堀之内村・正科村・宮本入作が合併して池田町村と改称。
大正4年4月1日、町制を施行 |
| 明治8年2月 |
中島村・半在家村・相道寺村・花見村・林中村・滝沢村・内鎌新田村・渋田見村・十日市場村・小泉入作が合併し、会染村と改称 |
| 昭和30年4月1日 |
池田町と会染村が合併して池田町として新発足 |
| 昭和32年3月31日 |
明科町中之郷・鵜山両地区と陸郷村・広津村の各一部を編入合併 |
●明治以降の合併図 |
| このページのトップへ↑ |
|
| 地勢 |
| 池田町は長野県北安曇郡の南部に位置し、西は北アルプス槍ヶ岳に源を発する高瀬川により松川村と境し、東は第三紀層中山山脈の屋根により東筑摩郡生坂村に境してい ます。北は大町市、八坂村、南は明科町、穂高町に境し、東西6.2km、南北12.8km、面積40.18平方キロメートル、標高604mの町で す。西部平坦地域には主要地方道大町明科線が南北に貫通し、ここに中心地、大字池田、会染、中鵜地区がひらけ、東部山間地帯には、大字広津、陸郷の集落が散在しています。 |
| このページのトップへ↑ |
|
| 町章 |
地名「池田町」の頭文字の「い」を図案化したもので、一本の太い曲線による生命の躍動感を強く訴え、立体感をもたせ、円形は町民の強固な団結と、町の未来への発展と躍進を象徴しています。 |
| このページのトップへ↑ |
|
| 池田の気候 |
池田町の気候は降水量が少なく気温の較差が大きいという内陸性気候。年間を通して穏やかな過ごしやすい所です。
雨は少ないが夏と冬、昼と夜の気温の差が大きいのが特徴。冬は、最低気温が-10℃以下の場合もあり寒さは厳しいが、降雪量は多くありません。夏は最高気温が35℃を超える年もありますが、日較差が大きいので夜は比較的過ごしやすいです。年間降水量は800〜1,200mm程度で、全国的にみても少雨の地域です。
年間平均気温は約12℃で、平均気温の最も高い月で約25℃(7月・8月)、最も低い月で約−1℃(1月・2月)となっています。
【お役立ちリンク】 長野地方気象台 |
| このページのトップへ↑ |
|
| 町花、町木、特別町木 |
|
|
| このページのトップへ↑ |
|
| 池田小唄 |
1 池田 池田よいとこ住みよいところヨイトサノセ 町は明るい エーササ 田は広い セッセノセヨイトコリャセ
2 春は 春は桜で秋また月見 ヨイトサノセ 歌は名立ちの エーササ 登波離橋 セッセノセヨイトコリャセ
3 稲穂 稲穂千里の池田の町は ヨイトサノセ 俵枕で エーササ 春を待つ セッセノセヨイトコリャセ
4 秋を 秋をすませて大峰山に ヨイトサノセ 雪の来ぬ間に エーササ たき木取り セッセノセヨイトコリャセ |
| このページのトップへ↑ |
|
| 池田町の宣言 |
| 宣言 |
制定年月日 |
| 池田町安全都市の宣言 |
昭和37年4月1日 |
| 明るく正しい選挙の都市宣言 |
昭和40年8月7日 |
| 青色申告の町宣言 |
昭和54年12月19日 |
| 核兵器廃絶・軍備縮小・平和の町宣言 |
昭和63年6月23日 |
| ゆとり宣言 |
平成3年6月29日 |
| 環境宣言の町 |
平成4年12月24日 |
| 暴力のない町の宣言 |
平成5年12月22日(改正) |
| (暴力のない町の宣言) |
(昭和62年12月23日) |
| 敬老自治体宣言 |
平成5年12月22日 |
| 人権尊重の町宣言 |
平成6年9月27日 |
| 交通安全宣言 |
平成6年9月27日(改正) |
| (暴走族追放の町宣言) |
(昭和55年7月31日) |
| (シートベルト着用の町宣言) |
(昭和57年12月21日) |
| 振替納税推進の町宣言 |
平成10年3月20日 |
|
| このページのトップへ↑ |
|
| 池田町民憲章 |
私たちの池田町は、北アルプスを一望できる山紫水明の地です。その地に、池田学問所など古来多くの人びとの英知によつて拓かれた歴史があります。
この風土に学び自分たちの住む町を自分たちの手で、いつそう心裕(ゆた)かな町にするため、ここに町民憲章を制定します。
1 人びとを活かしてくれる緑と水、自然をこよなく愛する町にしましよう。
1 自らも学び、個性を伸ばし創造を育む町にしましよう。
1 働くことに喜びをもち、産業をひらき活力ある町にしましよう。
1 自分を大切にするように、他人をも大切にする思いやりのある町にしましよう。
1 あいさつをかわし楽しく話しあえる、明るい町にしましよう。
昭和60年4月25日制定
|