わがまち散歩道


杉山巣雲先生一家の墓碑

池田学問所の初代師匠である杉山巣雲とその妻子を葬った墓が、町の文化財に指定されています。
巣雲の墓石は蛇紋(じゃもん)岩で、台石は花こう岩です。正面に「杉山巣雲先生墓」、右側面に「天保甲午年(1834年)八月二日寂」、左側面に「門弟建之」と刻まれています。
巣雲を支えた夫人の墓石は花こう岩で、正面に「善学珠哉大姉」、右側面に「文化六己巳(1809年)七月四日」、左側面に「杉山氏」とあり、俗名も享年も記されてはいません。子どもの墓石も花こう岩で、正面に「聨秀智芳童児」、右側面に「文化十一甲戌歳(1814年)六月五日」、左側面に「杉山道兄墓」とあります。夫人は巣雲が46歳のとき、子どもは巣雲51歳の時に逝去。巣雲は学問所の塾舎で天保5年(1834年)に永眠し、その葬列には1000人を超える人々が参列したと伝えられています。
 ひどく欠け損じている巣雲墓碑の碑面周辺。これは、巣雲の学徳を慕う人々が、碑石をかいて粉にして飲んだり、お守袋に入れたりしたためであるといわれています。