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池田小唄

[2017年1月24日]

ID:446

池田小唄


一、池田 池田よいとこ 住みよいところ ヨイトサノセ

  町は明るい エーササ 田は広い セッセノセ ヨイトコリャセ

 

二、春は 春は桜で エーササ 秋また月見 ヨイトサノセ

  歌の名のでた エーササ 登波離橋 セッセノセ ヨイトコリャセ

 

三、神代 神代ながらの 八幡様に ヨイトサノセ

  合わせ舞う娘(こ)の エーササ あで姿 セッセノセ ヨイトコリャセ

 

四、高瀬 高瀬河原の 宵待草に ヨイトサノセ

  誰を待つやら エーササ 夕涼み セッセノセ ヨイトコリャセ

 

五、稲穂 稲穂千里の 池田の町は ヨイトサノセ

  俵まくらで エーササ 春を待つ セッセノセ ヨイトコリャセ

 

六、秋を 秋をすませて 大峯山に ヨイトサノセ

  雪の来ぬ間に エーササ たき木採り(とり) セッセノセ ヨイトコリャセ

 

七、高瀬 高瀬流れて 五穀(こく)は実る ヨイトサノセ

  水に苦労の エーササ せぬところ セッセノセ ヨイトコリャセ

 

八、国を 国を富ませた お蚕(かいこ)様の ヨイトサノセ

  糸を繰り出す エーササ 池田町 セッセノセ ヨイトコリャセ

 

九、鬼の 鬼の屋敷と 伝えているが ヨイトサノセ

  鬼も出て来ぬ エーササ 鬼の釜(かま) セッセノセ ヨイトコリャセ

 

十、夏の 夏のさなかに 真白き雪が ヨイトサノセ

  雪が降ったよな エーササ まゆの町 セッセノセ ヨイトコリャセ

 

十一、昔(むか)しゃ 昔しゃ高瀬の 荒れたる河原 ヨイトサノセ

   今じゃ黄金(こがね)の エーササ 波が立つ セッセノセ ヨイトコリャセ

 

十二、池田 池田よいとこ 一度はおいで ヨイトサノセ

   まゆの白さの エーササ 娘(こ)が招く セッセノセ ヨイトコリャセ


特別展「池田小唄」披露あいさつ(掘り起し経過報告)

 池田町 「みんなの文化祭」 にお越しいただきありがとうございます。 文化祭では、例年特別展を展示していますが、昭和48年以降今年で41 回目になりますが、今までは「島木赤彦遺墨展」「池田学問所展」「池田町歴史資料展」「池田町古地図展」 等、 歴史的な史料の展示が主で、いわゆる文化的で学術的な特別展であり芸能面での特別展がありませんでした。

 今年は池田町芸術文化協会として三役会・常任理事会・総会を経て芸能面では初めての特別展にしましょう、ということになりました。

 池田町の無形文化財的な「池田小唄」の掘り起し会を立ち上げました。 「池田小唄」については、昭和52年8月10日、池田町総合体育館竣工式での村山忠雄教育長の挨拶が文章で残っており、紹介します。

 ≪池田町は大正4 年に町制をしいていますが、当時は須坂・岡谷につぐ製糸の町として栄え、その工場数は10指に余り、生糸は町経  済の中心をなしておった。

 北安曇郡歌の中に池田町は「郡内百貨の幅湊地五穀蚕業、麻、たばこ」と歌われているように近郷近在から訪れる郡下の中心的存在であった。

 このような繁栄を唄に残したいと有志が相集い、歌詞は一般から募り、曲は当時、池田小学校に勤務しておられた平林文次先生が作られた。 それが昭和3 ~5 年頃といわれる。

 その頃は花柳界等で盛んに歌い踊られたものだが、 製糸業の衰退と共に次第に忘れ去られてしまった。

  総合体育館の建設を記念して、 この期に立派な文化遺産である池田小唄の復活をしようということで、「池田小唄復興研究委員会」を作り、古老からの歌詞の掘り起しや、古老の歌をテープに採り、池田町2 丁目の吉川宗雄氏の採譜で演奏できるようになり、踊りの振り付けもなされて、記念式典の場で披露された。≫

とあります。

 また、「写真が語る池田町誌」には、"月見祭りと池田小唄″の見出しで、

≪二十三夜の月待ちは浄土信仰の仏教的行事の一つとして重く考えられていた。 月暦8 月15 日の月見や9 月13 日の月の祝いは清らかな月の輝きに魅せられて、人との心を通わせる高い詩情である。 餅をつき、 ススキを飾って月に供える夜の風情は何とも形容されぬ美しい趣である。 8月15日夜の月を芋名月ともいい、9月13日の月をのちの月、豆名月、栗名月ともいっている。こうした月見の詩情や七夕に見る「かあたり」 の人情は、池田の人々の心の底に、深いものが残されていた。いみじくもそれは池田小唄である。そのメロディーとともに長く忘れたくない民俗の詩である。≫

と書かれています。

  しかしながら現在この「池田小唄」が歌われたり、踊られていません。町民の方にお聞きすると「聞いたことがある」「踊ったことがある」「歌ったことがある」 という返事でした。 

 今年の夏、3 0回を迎えた池田あっぱれで踊る「池田ふるさと音頭」 は、昭和60年の合併30周年に当たり記念として永続的に残るものがほしいという声が高まり、実行委員会が結成された。と(池田町誌歴史編2936P~938P)に書かれています。この「ふるさと音頭」と「池田小唄」の歌詞をみますと、小唄の12番の「池田よいとこ一度はおいで」が音頭では一番に「池田よいとこ一度はおいで、安曇平に名も高く…」 となっています。池田町の名所、旧跡、 特産物などが両方の歌詞に入っています。

 この音頭の作詞・作曲は前川ひろしさんになっていますが、池田小唄を継承したように思えます。今日、現在の池田町をみた時、そして、未来の池田町を考える時、大正・昭和期の池田をふりかえるのも「歴史に学ぶ」 ということになると思います。その頃は、信濃鉄道池田線(1926年大正15年~1988年昭和13年) に電車が13年間走っていました。製糸の町池田、池田小唄と当時の様子が目に浮かびます。 皆さん本日の特別展で当時の池田を思い浮かべてください。

 本日は、短時間での準備、おけいこでありますが、元譜にもとづいて「池田小唄」 の歌と踊を皆さんにご披露申し上げます。

 出演者は、池田町芸術文化協会に加盟している「八千草会」(代表・松澤邦子さん)は踊り、「五葉会」は(代表・横沢はまさん)琴・三味線・お囃子の皆さんです。

 松川村から賛助出演していただいています、歌-梨子田芳正さん(劇団「すずの音」代表) 、尺八-高田尚武さん(松川村安曇節資料委員)

 松本市からキーボード・井垣陽子さん(やまぼうし)

 池田町から尺八-太田洋介さん、琴-相馬敬子さん、三味線・お囃子-横沢はまさん・高橋輝子さん、太鼓-矢口永良さん(芸文協会長)

 以上であります。                                                                           .

 

 

                           平成26年10月25日 池田町みんなの文化祭 芸能祭

                                    あいさつ文製作 池田町芸術文化協会

 

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